地方公務員の反逆

地方公務員に採用になったら、職場が線路の上だった鉄郎が起こす、炎上的勤務録

鉄輪の轍

鉄輪の轍



「列車っ!」
キロ程8k345m付近。急曲線上の列車がやってくる側の先、およそ20mに立つ鉄道監視員の声が短く坑道に響き渡るとき、鉄郎たち3人ひと組の巡視班員たちはトンネル脇の空間に退避すべく、いそいそと3人一列横隊に並んで、幅50センチ程の犬走りとも言える、線路敷より高く盛られた段差に身を寄せた。しばらくすると3人の目の前にある、線路が「きゅんきゅん」と独特の音をたてながら次第にその音量を大きくして「鳴き」始めるのである。
 この時のレールは、その材質が無機質の最たるというべき、所詮、鉄であるのにも関わらず、確かに鳴くと表現するのが、最も適切だと鉄郎は思うのである。その鳴き声に加えて「ゴオー」という列車の走行音が坑内を響きわたる頃、二つの鋭く光る「目」が突如出現するのが本来であるのだが、この時は急曲線上のため、直接それが見えることは無く、間接的にこれまた無機質な坑道のコンクリートを照らし始めるのである。
 急速に光量を増した空間が刹那、反転して僅かに暗くなると、それとは反対に轟音は最大に達してしばらくその大きさを維持する。鉄郎たち3人のわずか1m足らずの所を、列車が轟音を立てて通過する。車窓の光の連続体が、すごい勢いで目の前を疾走するのを、ただただやり過ごすと、その連続体は突如として終わり、次第に坑内の轟音はその音量を徐々に減らし、また元の束の間の静けさを取り戻すのだ。
 列車の赤いテールランプを見送って、3人はまた懐中電灯のスイッチをそれぞれ押すと、線路敷内を歩き出した。一体、この動作を後何回繰り返すと、自分はこの環境から逃れることができるのであろうか。そんな風に思うと、鉄郎の足取りはさらに重くなるようであった。それは鉄郎達の履く、軌道敷内を歩く専用の、膝の下あたりまで頑丈に覆う重い作業靴のせいばかりではあるまい。